2011年6月26日日曜日

入内観音堂

入内観音堂の来歴については、すでに小金山神社の由緒の記事で少々触れたので、あまり詳しくは書きませんが、おおまかに記すとこうなります。

往古、小金山神社は白山宮と称し、菊理姫を祀っていました。
伝承によると、のちに平将門の孫である隅田の小太郎という者が白山宮を再建、さらに観音堂を建立します。
津軽為信公の頃、観音堂は寺領百三十石を賜り、華福院と称するようになりますが、火災により荒廃、のち寛永十八年(1641)に近郷在住の人たちによって、浦町組、横内組、油川組、後潟組の鎮守として再建されました。
小金山神社と観音堂の住み分けというか、両社がどのように信仰されてきたのかはいまいちはっきりしませんが、おそらく神仏混淆する形で信仰されてきたのでしょう。のちに明治初年の神仏混淆廃止をうけて、小金山神社と入内観音堂として分離されることになります。
入内観音堂は大正五年(1916)、一説には昭和の初め頃、小金山神社が新築された際に現在の場所に建立されたといわれています。
観音堂は昭和二十年代頃焼失し、現在の堂舎は昭和三十四年に再建したものだともいいますが、詳しいことはよくわからないそうです。

御本尊は、一説には慈覚大師作の正観音像だといわれています。
昔むかし、この正観音像は盗まれたことがあるらしく、賊が観音像を背負ってある所まで来たところ、にわかに重みを増して身動きが取れなくなり、これに恐れをなした賊が観音像を捨てて逃亡したなどという話が『津軽俗説選』の「津軽俗説後拾遺」に収録されていました。恐れ多いことです。

入内観音堂は、今なお津軽三十三観音の二十四番札所として多くの人々の崇敬を集めておりますが、第一番札所久渡寺の聖観世音菩薩と、第五番札所十腰内(巌木山観音堂)の十一面観世音菩薩は、一木三体の尊像だといわれており、三尊を一日で巡拝すると、諸願成就するなどともいわれております。恐れ多いことです。

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

以前コメントしたツイストイコールです。
小金山神社や観音堂の歴史がわかって
面白かったです。
本殿の前の狛犬、気づきませんでしたが、
なんかわいいですね。
観音堂の横を登っていったら
白山神社の小祠があったので、
現在でもひっそり祭られているようです。
今回の記事を読むとあの小さな白山神社が、
もっと大々的に祭られていたようなので、
ちょっとかわいそうかもと思えてきました。
初めて参拝したとき、薄暗い森の中で、
スポットライトみたいに日光が当たった光景が、
あまりにキレイで、それからここの参拝は
白山神社がメインになっています。

鳴海 桂 さんのコメント...

ツイストイコールさん、
コメントありがとうございます。
小金山神社の境内に久須志神社の石碑、
横の小川のそばに小祠、
あと入内観音堂の上の方に
もうひとつ小祠があるのは知っていたのですが、
ちゃんと社名を確認しなかったのは迂闊でした。
わたしの家からは少々遠いのが難点ですが、
もう一度行って白山神社に詣でてみようと思います。
あのへんは森閑としていていい所ですよね。