2011年9月13日火曜日

浅草寺境内の堂宇

浅草寺の境内には、本堂のほかにも様々な堂宇があります。
わたくしはそれらのすべてを見てきたわけではないのですが、せっかくなので、いくつか簡単にご紹介することにしましょう。

まずは五重塔です。


これも、雷門や宝蔵門と似たような経過をたどって現在に至ります。
創建は天慶五年(942)、本堂をと共に平公雅によって建立されました。
以後、数度倒壊・炎上にあいますが、そのたびに再建されています。
徳川家光により本堂・仁王門などと共に建立された旧国宝の五重塔は、昭和二十年(1945)に他の伽藍と共に戦災で焼失してしまいますが、戦後、崇敬者らのの協力を得て再建されました。

次は影向堂(ようごうどう)です。


これは簡単に説明すると、影向衆(ようごうしゅう)という釈迦の教化を助ける菩薩(十二支の守り本尊でもある)を祀るお堂であります。
また、浅草名所七福神のうち大黒天を祀っており、さらに堂内は浅草寺の御朱印所も兼ねているとのことです。
現在のお堂は平成六年、浅草寺中興開山慈覚大師円仁の生誕千二百年を記念して建立されたものだといわれています。

つづいて薬師堂です。


ここは薬師如来のほかに、十二神将と十王を祀っているそうです。
はじめは観音堂の北側に鎮座していたため、北薬師と呼ばれていたようですが、慶安二年(1649)、三代将軍将軍徳川家光が再建した際に、橋のたもとに移したため、橋本薬師堂とも呼ばれていたようです。
浅草寺に現存する古建築の一つだといわれています。

そして、これは淡島堂です。


淡島堂は元禄年間(1688~1704)に、紀州加太の淡島明神を勧請して建立されたもので、現在の淡島堂は、戦後の仮本堂であった旧影向堂を移築・改修したものだといわれています。
本尊は阿弥陀如来で、そのほかに淡島明神、虚空蔵菩薩、取子地蔵菩薩を祀っているそうです。
針供養が行われることで知られています。

その他の堂宇として、銭塚地蔵堂、伝法院、鎮護堂、弁天堂、駒形堂などがありますが、伝法院以外は見ませんでした。
伝法院は浅草寺の本坊で、小堀遠州によって作庭されたと伝えられる廻遊式庭園の名園があることで知られています。
庭園はブラタモリの浅草の回で紹介されていましたが、現在、一般公開はされていないようです。残念ですね。
一枚だけ撮った伝法院の外観の写真は手ブレがひどかった。

あと、重要文化財の二天門を、近くまで行っておきながらちゃんと見てこなかったのは、個人的には非常に悔いが残りました。
そういうわけで、わたくし浅草寺には若干の未練を残してきたので、きっとそのうちまた行くと思います。

2 件のコメント:

ツイストイコール さんのコメント...

ひとの旅行記を読むのは面白いもんですが、
やっぱり面白いですね。
境内からもあんなに大きくスカイツリーが見えるんですね。
淡島堂の向こうにある花やしきの文字がなんか笑えました。
五重塔の先端にはもうひとつ宝珠がついてたらしいですが、
3/11の地震で先っちょのが落ちたらしいです。
写真を拡大するとまだくっつけてないみたいですね。
今度参拝なさる時には元通りになってるといいですね。

鳴海 桂 さんのコメント...

コメントありがとうございます。
わたしはまず先に場所を決めて、行って、見て、帰ってからそれについて調べる、という方式を採っているので、いろいろなものを見ずに後悔することがままあります。
五重塔の宝珠についても存じ上げませんでした。
本当に、早く元通りになるといいですね。
いつになるかわかりませんが、また浅草寺に行く機会がありましたら、注視してみようと思います。