2011年9月27日火曜日

日本の祭り in AOMORI 2011②

大間越春日祭とねぶた共演のあいだに少し間隔があったので、わたしは再び会場内をうろうろしました。

アスパムの裏手にまいりますと、なにやら輪になって踊りの練習をしている人たちがいます。
このあとねぶた共演に参加する、五所川原立佞武多の一行のようです。
合間を縫って練習する姿がなんだか可愛らしかった。
時間になり、アスパムの横手にある会場に行くと、間もなくねぶた共演が始まりました。
順序としては、まずはじめに五所川原立佞武多がお囃子をし、会場を練り歩いたあと、青森ねぶたのお囃子があり、会場内を練り歩くということになっているようです。

まずは立佞武多からです。
お囃子が始まって、「ヤッテマーレ、ヤッテマーレ」の掛け声が上がり、立佞武多の山車が動き始めます。
跳人の踊りは青森ねぶたよりも流麗でおとなしめですが、そのわりに掛け声は「ヤッテマーレ、ヤッテマーレ」なのだから乱暴です。
でもお祭りなので、そのぐらいでいいのだと思います。

この日会場に来た山車は、たしか高さが12、3メートルとかで、普段、祭りに用いられるものの二分の一程度の高さだそうです。
たしかに、わたしが昔「立佞武多の館」で見たものよりはだいぶ小さいけれども、動いているのを見るのは初めてだったので、なかなかおもしろいもんだなと思いました。
たぶん実際のお祭りはもっとおもしろかろうと思います。

五所川原立佞武多の番が終わると、次は青森ねぶたまつりの番です。
青森市民には馴染みの深いお囃子が流れ、ねぶたの山車が会場を練り歩きます。

ねぶたの山車も、そんなに大きくないやつでした。
それでも、山車が客席の方に突っ込んで行って、ピタリと止まる例のやつをやったりすると、観客から歓声が上がったりしておりました。

ねぶた共演のあと、16:35からステージで「『希望』をつなぐ、ふるさとの芸能〔第二部〕」が始まります。
「『希望』をつなぐ、ふるさとの芸能〔第二部〕」のパートは、青森県佐井村の福浦の歌舞伎からスタートしました。

「日本の祭り」ホームページによれば、福浦の歌舞伎は「明治20年より佐井村内で歌舞伎の指導をしていた上方の役者、中村菊五郎・菊松夫妻を明治23年に福浦地区に招き、当時14全戸を挙げ、2ヶ月にわたり伝習し、一役を一家で代々担う世襲制で受け継がれてきた漁村歌舞伎」というふうにありました。
いわゆる素人歌舞伎というものでしょうが、担い手の不足などから廃絶の危機にさらされながらも、大切に受け継がれてきた地域の文化であります。

この日演じられたのは「義経千本桜」の義経と静御前の別れのくだりです。
静御前は都落ちする義経に同行したいと言いますが、義経は鼓を自分の形見として静の動向を拒みます。
さらに追いすがる静を義経は木に縛りつけ、去っていく…

というこのくだりなんですが、静御前に縄をかける時に、義経が手こずって二回ほど縄をかけそこねたので、性格のあまりよろしくないわたくしは、思わずクスッとしてしまいました。
笑ってすみませんでした。

福浦の歌舞伎のあと、野辺地町の「のへじ神楽囃子」、黒石市の「黒石よされ」、「ねぶた共演スペシャル」を以てこの日の全行程は終了です。
都合により、わたしは最後まで見ることができませんでしたが、暗くなって灯りを入れたねぶたや立佞武多も、昼とはまた違った味わいがあったことでありましょう。

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