2011年10月21日金曜日

富士山 part8

散策が終わったので、下山をすることになりました。
下山にかかる時間は、一般的に3~4時間程度といわれています。
ツアーの集合時間は11時30分でしたので、少し余裕をもたせて6時ちょっと前に出発することにしました。

下山道は登山道とはルートが別々になっています。
登りに比べて変化に乏しく、滑りやすいガレ場が延々と続きました。
聞くところによれば、下山道は運搬用のブルドーザー道との兼用になっているのだそうです。

砂埃がひどかったので、カメラは途中からザックにしまいました。


下りは地味ですが、じわじわと足腰にこたえます。
登りに6~7時間かかる距離を、その半分程度の時間で一気に下ろうというのだから、疲労も半端ではありません。
頂上付近の日差しは強く、それが疲労に拍車をかけました。
しかし、はじめはまだ疲労がそれほどではなかったので、「橇があればいいのにな、ぐへへ」などと軽口をたたく余裕もありました。

下山道には八合目の江戸屋ぐらいしか山小屋がありませんでした。
水は頂上で買ったペットボトルが一本きりしかなく、今にして思えば、この時に水を買っておけばよかったのですが、それが問題になるのはこれからしばらくあとのことです。

やがて、快調だった姉の足がしばしば止まるようになりました。
つづら折りの角に着くたびに立ち止まり、顔を上気させて水を飲んでいます。
わたしは心配になり、具合でも悪いのかと尋ねましたが、「そんなんじゃない」とか「いいから先に行ってろ」と言うばかりです。
しかしそう言われても置いていくわけにはいかず、わたしが少し先に進んでは姉の来るのを待ち、姉が来るとまた進む、という方法をとりました。

歩くほどに姉の口数は減っていき、だんだんと機嫌も悪くなっていきます。
いつ果てるとも知れないガレ場になにやら不機嫌な姉。
この世の地獄だと思いました。
わたしは軽口を言わなくなりました。

まもなく姉の不調の原因がわかりました。歩き方が変なのです。
どうやらガレ場の連続で、膝をやられたようでした。

しかし、原因がわかったところでなす術は無く、ひたすら歩くしかありません。
途中で水を飲み尽くしてしまった姉に、一本しかない水を差し出し、なんとかご機嫌をうかがいながら山を下りました。
わたしも水は飲みたかったのですが、二人の間には長い年月をかけて培った力関係というものがあり、水を飲めないことよりも姉が不機嫌なことの方がわたしには怖かったのです。
姉に旅費を出してもらったという負い目もいくぶんあったでしょう。

やがて水も無くなりました。
ああ、もう一本くらい水を買っておけばよかった。
それにしても、このような状態がいつまで続くのであろう。
そう思っていると、七合目に到達したあたりで少し景色が変わり、なんとなく光明が見えてきたような気がしました。

でも、よくよく考えてみれば、七合目はまだ行程の半分をちょっと過ぎたあたりでしかなかったのです。
わたしの苦悩はまだ続くようでした。

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