2011年12月26日月曜日

小野照崎神社の由緒

小野照崎神社の御祭神は、平安時代初期の儒学者であり歌人である小野篁(おののたかむら)です。
草創については詳らかではありませんが、仁寿二年(852)に篁公が逝去したのち、彼を「上野殿」と尊称し、上野照崎の地(上野公園のあたり)に奉祀したのがはじまりであるとされています。
照崎は篁公が東下の際に御遺跡を留められた場所だといわれ、そのことから、当初は地名を取って小野照崎大明神と呼ばれていたそうです。
その後、寛永二年(1625)の寛永寺建立に際し、当神社を旧坂本村長左衛門稲荷境内(現在地)に遷祀しました。

当神社は、篁公のほかに菅原道真公を相殿に祀ります。
江戸時代末期に、回向院より道真公自刻の像を迎え相殿に祀ったといわれており、江戸二十五天神の一つに数えられたとも伝えられています。




狛犬は、入口の鳥居のところと拝殿前に一対ずつ。




鳥居のところの狛犬(写真上)は大正十二(1923)年の建立、拝殿前のもの(写真下)は明和元年(1764)の建立だそうです。

拝殿前のものは、流麗な中国獅子を手本にした江戸獅子と呼ばれるタイプのもので、阿形は頭部に宝珠(摩尼珠)を頂いておりました。
頭部に宝珠を頂いているものは、寛政年間(1789-1800)に書かれた『諸職画鏡』(職人向けのサンプル画集のようなもの)の狛犬図によって広く普及したといわれていますが、小野照崎神社のものは『諸職画鏡』より少し時期的に早く、また『諸職画鏡』の図とも少々デザインが異なるらしい。
そうした意味では、なかなか珍しい個体だといえます。

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