2011年12月5日月曜日

八甲田周遊①

さて、もうすっかり冬ですが、一か月ほど前に八甲田山のあたりを車で巡ったので、今日はそれについて書きたいと思います。
コースは、幸畑から田代平に入り、八甲田山を時計回りに一周し、途中で蔦温泉や法量のイチョウ、城ヶ倉大橋などに立ち寄り、そして萱野茶屋、雲谷峠を経て市内に戻るというものでした。

まずはじめに立ち寄ったのは、田代平です。
八甲田山というと、小説にも書かれ、のちに映画化もされた青森歩兵第五聯隊の遭難事件が有名ですが、うっかりしてたら、雪中行軍関係の場所をいつの間にやら通り過ぎて、田代平まで来てしまっておりました。
少し見たかった気もしますが、銅像茶屋(後藤伍長の銅像がある)には子どもの頃に行ったことがある気がするので、まあいいです。


田代平は昔、牧野があったところだといわれています。
といっても、牧ができたのはそんなに古い時代のことではないようです。
津軽は古来より名馬を産した地で、弘前藩内には津軽坂牧(現鶴ヶ坂)・入内・滝野沢・雲谷牧・枯木平の五牧が置かれていました。
田代平付近には藩政時代から飼料を刈るための秣場がありましたが、のち明治になってこの秣場が陸軍省の用地として接収されることになり、それ以降のどこかのタイミングで牧野が開拓されていったみたいです。
詳しいことはよくわかりませんでしたが。

このあたり一帯は開けた草地になっています。
道路地図で見ると、牛や馬のマークがついていますが、馬の姿などはとくに見かけませんでした。今はどうなっているんでしょうか。

ところで、八甲田山は長い歴史の中で、なぜか信仰の対象にはならず、人の往来も近世に至るまではほぼ皆無でした。
そのことは、必ずしも八甲田山が未踏の地だったということを意味するわけではありませんが、少なくとも、記録に残すほどの山でもなかったみたいです。


この祠は、田代平の茶屋の裏手にあったものです。
先ほども申しました通り、八甲田山は信仰とは無縁の山でしたから、近世かあるいは近代に入ってから牧野に携わる人の手によって祀られたものではないかと思われます。

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