2012年1月9日月曜日

広尾稲荷神社

広尾には知り合いが住んでいるので、東京に来たついでに立ち寄ることにしたのですが、地図で場所を確認しようとしている際に、たまたま神社の地図記号が目について行ってみたのが、この広尾稲荷神社でした。


草創年は不詳ですが、慶長年間(1596-1615)に徳川二代将軍秀忠によって勧請されたと伝えられています。
この神社は俗称を「ハギナメ稲荷」というそうですが、かつて麻布広尾辺は萩の名所で、萩の花が地を舐めるように咲き乱れていたことによって、そのように呼ばれたらしい。

御祭神は宇迦魂之命(倉稲魂命)で、商売繁昌、五穀豊穣、火伏の神として信仰を集めているそうです。
ここでもやっぱり御利益に火伏があるのですね。


向拝の装飾は、中央にお稲荷様の使いの狐がいて、木鼻は龍です。
拝殿天井の墨龍画は、日本初の洋画家ともいわれている高橋由一(1828‐94)が、絵画学習の基礎として狩野派の様式を学び、その画法によって描いていたものといわれています。港区の有形文化財です。


拝殿内が薄暗かったので、うまく写真におさめることは叶いませんでしたが、詳しく知りたい方は港区の文化財を紹介するこちらのページから見ることができます。

それから、境内には元禄三年(1690)と元禄九年、それともう一基、年代不詳の庚申塔があり、これらの三基の塚もやはり港区の有形文化財に指定されているそうです。
写真が無いので撮り忘れたかと思っていましたが、どうやら塚は本殿の裏手側にあるらしいので、一見さんのわたしが見つけられなかったのもある程度は仕方がない。
いつか見れる機会があるでしょうか。

追記:2012年2月15日


2012年2月に同所を訪れて、庚申塚を確認してきました。
拝殿の裏側にあると聞いていましたが、外の道路に面したところにあり、前回見落としたのは完全にわたしの不注意だったことがわかりました。

三基の塚のうち、中央が元禄三年(1690)、左側が元禄九年のもので、右は年代不詳ですが、摩耗状態から、ほかの二基よりも古いものである可能性があるということです。
塚に刻まれているのは三猿と青面金剛でしょうか。

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