2012年1月18日水曜日

豪徳寺の招福猫児(招き猫)

豪徳寺は招き猫の発祥の地といわれています。
それは、前回の記事にも書きました、彦根城主井伊直孝が当寺を江戸菩提寺にするきっかけになったという、とある伝承に関わりがあります。
豪徳寺では現在、その伝承にちなみ招き猫の販売をいたしておりますが、わたしが購入した時にもらった「招福猫児の由来」という説明書きを、以下に引用しておきしょう。

招福猫児の由来
東京都世田谷区豪徳寺二丁目所在の豪徳寺は、幕末の大老 井伊掃部直弼公の墓所として世に名高く、寺域広く、老樹欝蒼として堂宇荘厳を極め賓者日に多く、誠に東京西郊の名刹なり。
されど昔、時は至って貧寺にして二三の雲水修行して、漸く暮しを立つる計りなりき。時の和尚、殊に猫を愛しよく飼いならし自分の食を割て猫に与え吾子のように愛育せしが、或日、和尚猫に向かい
「汝、我が愛育の恩を知らば 何か果報を招来せよ」 と言い聞かせたるが、其の後幾月日が過ぎし、夏の日の昼下がり、俄かに門の辺り騒がしければ、和尚何事ならんと出てみれば、鷹狩の帰りと思しき武士五六騎門前に馬乗り捨てて入り来り、和尚に向かい謂えるよう「我等、今当寺の前を通行せんとするに、門前に猫一匹うずくまり居て我等を見て手を上げ、頻りに招く様のあまりに不審ければ訪ね入るなり、暫く休息致させよ」とありければ、和尚いそぎ奥へ招じ渋茶などを差出しける内、天 忽ち曇り夕立降り出し雷鳴り加わりしが、和尚は心静かに三世因果の説法したりしかば武士は大喜びいよいよ帰依の念発起しけむ、やがて「我こそは 江州彦根の城主 井伊掃部頭直孝なり 猫に招き入れられ雨をしのぎ貴僧の法談に預かること是れ偏へに仏の因果ならん 以来更に心安く頼み参らす」とて立帰られけるが、是れぞ豪徳寺が吉運を開く初めにして、やがて井伊家御菩提所となり、田畑多く寄進せられ一大伽藍となりしも全く猫の恩に報い、福を招き奇篤の霊験によるものにして、此寺一に猫寺とも呼ぶに至れり。
和尚後にこの猫の墓を建ていと懇に其の冥福を祈り、後世この猫の姿形をつくり招福猫児と称へて崇め祀れば吉運立ち所に来り家内安全、商売繁盛、心願成就すとて其の霊験を祈念する事は世に知らぬ人はなかりけり。<了>

まあ、身も蓋もないことをいうと、猫としては招いているつもりは微塵もなくて、たんに顔を洗っていただけだったのかもしれませんがね。
しかし猫が顔を洗うと雨になるというので、井伊直孝とその家臣が寺に入った後、急に夕立が降り出したという話も、ありえなくはないような気がします。

それにしても、お寺の門前で猫が顔をうにゅうにゅ洗っているのを見て、「あらかわいい。招いているみたい」などと思い、ついついお寺に入ってしまった井伊直孝とその家臣の人たちは、たぶん猫が好きだったのに違いない。
和尚さんはもちろん、乏しい食事の中から自分の分を割いて猫に分けてやったり、猫に向かって人に相対するように「ちょっとは恩返ししてくれよ、わはは」などと話しかけたりするぐらいだから、重度の猫好きだったでしょう。
そう考えると、なんとも微笑ましいお話のように思われてきます。
伝承が必ずしも事実を伝えるものとは限りませんが、なんにしても、猫が取り持つ不思議なご縁でありました。これが仏縁というものでしょうか。

さて、冒頭で書きました通り、豪徳寺では招き猫の販売を行っております。
サイズはいろいろあって、値段は一番小さい豆サイズのやつが300円、一番大きいやつでも数千円ぐらいだったと思います。
豆サイズの招き猫は大きさでいうと、ちょうど法華寺の御守り犬(小)と同じぐらい。わかりやすく言うと、小指の先ぐらいの大きさです。
わたしはこれを、自分用と猫好きの友人用に一つずつ購入しました。

総受付
招き猫看板
猫の置物
豪徳寺招福猫児(豆サイズ)と法華寺御守り犬(小)

豪徳寺の招き猫は、小判を持っていないシンプルなものです。
モデルはもちろん、豪徳寺の和尚さんの愛猫であった白猫の「タマ」ちゃん。
同じ世田谷区内にお住いの磯野家、ならびにフグ田家の愛猫であるところの白猫も名前を「タマ」といいましたが、何か関係があるのでしょうか。
ちなみに、彦根城築城400年祭のマスコットキャラクターである「ひこにゃん」は、豪徳寺の招き猫伝説を参考にして誕生したといわれています。

※2012年2月16日に写真を追加しました。

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