2013年1月12日土曜日

水天宮(中央区)の境内

水天宮境内には宝生辨財天・火風神社(秋葉神社・高尾神社と併せ祀られている)・紫灘神社があります。


辦財天はもともと有馬家の屋敷内にあったものです。
有馬家の九代藩主頼徳公が宝生流の能楽を加賀の前田公と競い合った時、芸能にご利益ありとされている辨財天に願をかけて勝利をおさめたため、非常に深く信仰したといわれています。
現在はご祭神に市杵島姫神を祀りますが、毎月五日と弁天様のご縁日である巳の日には扉が開かれ、御神像を拝観できるそうです。

その他、火風神社は火と風の神、秋葉神社は火防の神、高尾神社は土を守る神を祀り、紫灘神社は勤皇の志士真木和泉守(真木保臣。久留米水天宮祠官、紫灘は保臣の雅号)を祀るそうですが、詳しい由緒はわかりません。

拝殿の手前には子宝犬というものがあります。


犬はお産が軽くて多産だからとかそういう理由で、安産祈願や腹帯を巻く日は戌の日がいいとされているそうでありますが、妹が退院したのちに家に行ったら、水天宮のお守りが開封もされずにテレビ台の上に置かれていたので、「ああ、腹帯巻かなかったんだな」と思いました。
なんてお守りの贈り甲斐のない子でしょうか。
わたしなんか、若い頃に惚れとった娘がくれたお守りでもなんでもないゲームセンターのコインを、いまだにお守り代わりに財布に入れているのに。

あ、思いがけず気持ち悪い話をしてしまいました。
さて、この犬の周りに十二支が書かれたでっぱりがありますが、これを撫でると子授けや家内安全、厄除けなどにご利益ありとされているそうです。
自分の干支を撫でろと説明書きにもあるのに、撫で牛みたいに犬本体(とりわけ頭)を撫でてしまうのはご愛嬌というものでしょう。

境内の左手には、安産子育て河童というものもあります。


河童の伝説は全国にあり、成立の過程や性質も一様ではないようですが、壇ノ浦での平家の敗北や安徳天皇の死によって子供と水、水と平家のイメージは、特に平家の落人が多く落ち延びたという九州や瀬戸内海沿岸の地域において強い結びつきを見せたらしく、その伝説が多く残されているようです。
それこそ水天宮本社やその近くにある筑後川沿岸の地域は、河童の本拠地といってもいいぐらいに、多くの伝説が残されています。
わたしは河童については芥川龍之介の『河童』と水木しげるの『河童の三平』『河童千一夜』を読んだぐらいで、まったくの門外漢ですが、いちおう河童もこの神社にゆかりがあるものらしいということだけでもご記憶ください。

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