2013年1月27日日曜日

井の頭弁財天宮②

弁財天宮を出ると正面に階段がありますが、そこを上ったところにあるのが神仏分離以前に弁財天宮の別当であった天台宗の大盛寺というお寺です。


この大盛寺の入口のところに、奇妙な像があります。


とぐろを巻いた蛇の身体の上に、人の首が載っています。
人面蛇身のこの像は、宇賀神といわれているものです。


井の頭池とこの神にまつわる伝説が、ひとつ残されています。
その昔、井の頭の近在に鈴木左内という長者がおりましたが、長者夫婦には子どもがなく、せっかくの身上もあとつぎのないのが悩みの種でありました。
そこで長者夫婦は、信仰している井の頭の弁財天におすがりして、子宝を授けていただこうと、三七、二十一日の願をかけました。
すると満願の日に長者の妻はみごもり、かわいい女の子が生まれました。
娘はすこやかに成長し、やがて年ごろを迎えた娘に、両親は東奔西走して、三国一の花婿を探し当てました。
婚礼の日が迫ったある日、娘は両親の前にかしこまって言います。
「きょうという日までお守りくださった弁天さまにお礼詣りをしたいと思います。ひとりでいかせてください」
両親の許しを得て、娘は鈴を飾った馬にゆられて井の頭へ向かいました。
弁天堂の近くにくると、娘は馬をおりて「私はお堂におこもりするので、お前は林のはずれで待っていておくれ」と馬子に言いました。
馬子が言われたとおり、林のほうへ馬をひいていくと、また娘が言います。
「どんなことがあっても、うしろをふりむいてはいけない。わかりましたね」
馬子はうなずいて歩きだしたが、しばらくすると不意に背後ですさまじい水音がしたので、思わず振り返ると、娘が巨大な白蛇の姿となって、今しも水に潜ろうとしているところでした。
しかし、馬子に見られた途端に変身が止まり、体は蛇で顔だけ人間の姿のまま水中に沈んでいったということです。
「さては、娘は弁天さまのお使いだったにちがいない」と長者夫婦はおそれかしこみ、人面蛇身の石像を彫り弁財天に寄進しました。
それが、今も残る宇賀神であるということです。

わたしはこのお話を学習研究社の『民話と伝説』という本で読んだのですが、結局、長者の身上は継ぐ者がないままで、つまるところ宇賀神は何をしに長者のところに来たのか、いまいち意味がわかりませんでした。
まあ昔話や伝説が、必ずしも意味や教訓を含んでいるというものでもないのかもしれませんが。

宇賀神(うがじん)というのは、正体がはっきりしない神様のようですが、宇賀の音から神道の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)・倉稲魂命(うかのみたまのみこと)に由来するものと考えられているようです。
神道の宇迦之御魂神は穀物の神ですが、宇賀神はのち弁財天と習合したりして、その性質は一様ではないらしく、どうにも捉えようがありません。
姿は先に述べた通り人面蛇身で表現されますが、顔は老翁だったり若い娘の顔だったりで、これも一様ではないようです。
井の頭公園のは老翁みたいですね。伝説だと若い娘のはずなのですが。

宇賀神を祀る神社としては、鎌倉の銭洗弁財天宇賀福神社(銭洗い弁天)がありますが、井の頭公園内の弁財天にも銭を洗う清水が湧いておりました。

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