2013年2月4日月曜日

上神明天祖神社(品川区)の由緒

上神明天祖神社は東京都品川区二葉四丁目4-12に鎮座しています。
ここもまた、蛇に関するものがある神社ということを聞いて行ってみた神社なのですが、とりあえず今日もまた、この神社の由緒から書いていきましょう。

まず、上神明天祖神社がある品川区の二葉四丁目付近ですが、この辺り一帯は昔、蛇窪という地名であったということです。
蛇窪という地名の由来は詳らかではありませんが、当地が窪地で陣を張るのに適していたため、古くから「兵備窪」と称されていたところが、のちに転訛して蛇窪と呼ばれるようになったとか、もともと蛇の多く棲む窪地だったからそう呼ばれていたとか、付近に蛇行する川があったからだなどといわれているようです。

社伝によると、当社の縁起はこうです。
文永八年(1272)、北条四朗左近大夫陸奥守重時は、五男の時千代に多数の家臣を与え、蛇窪の地を開くようにと諭してこの地を去りました。
時千代は、のちに法圓上人と称して大森(大田区)に厳正寺を開山し、残る家臣たちの多くは蛇窪付近に居住していました。
のち元享二年(1322)のこと。武蔵国一帯が大旱魃に見舞われ、飢饉の到来は必至であろうと思われました。
このとき厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人が、この危機を救うために厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる古池のほとりの龍神社で、雨ごいの断食祈願を執り行いました。
すると、上人の赤誠が通じたものか、大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができたということです。
これに感激した時千代の旧家臣たちは、神恩に報いるために蛇窪に神社を勧請して、これを祀りました。
それが天祖神社のはじまりだといわれています。
が、これは社伝として伝えられているもので、一説には、この地の豪農森屋氏が鎌倉時代に建立したものともいわれているようです。
はっきりしたことは、ちょっとよくわかりません。

主神は天照大御神で、その他天児屋根命と応神天皇を合祀しています。
例祭日は九月十五、十六日に近い土・日曜日だということです。


狛犬は一対ありました。
台座には「大正五年十一月」「關清吉建立」「芝二本榎 石福」とあります。
おそらく關清吉というのが寄進者で、石福というのが石工名でありましょう。


親獅子は目つきが悪いけれども、なかなか子煩悩そう。
親獅子に絡んで遊ぶ子獅子がかわいらしいです。

0 件のコメント: