2013年3月1日金曜日

銭洗弁財天宇賀福神社の由緒

銭洗弁財天宇賀福神社の本来の御祭神は宇賀神です。
その昔、源頼朝が長い戦乱で疲弊した民心の安寧と幕府の安泰を祈願していたところ、文治元年(1185)巳月巳日の夜、宇賀福神が頼朝の夢に現れ「西北の谷に湧き出す霊水で神仏を供養せよ。さすれば天下は泰平になるであろう」と告げたといわれています。
お告げの通り、この地に湧き水を見つけた頼朝は、さっそく宇賀福神を祀り、その水で神仏の供養を行いました。
それが当社の創建の由来だといわれています。

はじめは扇ガ谷の八坂神社の境内末社として創建せられ(平凡社『神奈川県の地名』)、神仏習合によって久しく弁財天(宇賀神と同一視される)の名で親しまれてきましたが、のち明治初年の神仏分離令をうけて神社に改めました。
さらにのち、昭和四十五年に八坂神社から独立し、現社号の宇賀福神社に改称したといわれています。
なお、現在は御祭神に弁財天と同一視される市杵島姫命を祀っているということです。


当神社の参道には狛犬が一対。
が、建立年月・石工名などは調べていません。


境内社は三つあります。
まずこちらが上之水社。


と、そこにあった狛犬。


そして下之水社。


と、そこにあった狛犬。


上之水社と下之水社はいずれも水をお祀りする神社のようですが、詳しい来歴などはわかりませんでした。

もう一つの境内社が、こちらの七福神社です。


ちなみにこれは七福神社の狛犬。


七福神社の由緒も不明ですが、当社が神仏分離以前に弁財天をお祀りしていたということが関係しているでしょうか。
また、永井路子・萩坂昇・森比左志『神奈川県の伝説』(昭和五十二年、角川書店)によれば、「縁起によると宇賀福神を祈った人が、七福神の酒宴をみてから福禄の身の上になったになったという。銭洗いの岩窟に福神たちが集まって酒盛りしたとき、福神のひとりが老人に化けて町へ酒を買いにきたという」との話も伝わっておるようで、七福神にはなにかと縁があるようでした。

※2013年10月14日、写真を追加しました。

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