2013年3月19日火曜日

江島神社⑤奥津宮

中津宮から奥津宮までの道のりはやや遠く、500~600mほどありました。
途中、真言宗の江の島大師(平成五年創建)の前を通り、


山二ツという場所の近くを通ります。


波の浸食によって山が二つに分かれているようになっているので、山二ツ。
安易なネーミングですが、わたしは嫌いではありません。

奥津宮に至るまでの道のりには、土産物屋や旅館などが並んだ一画などもあり、なかなか風情がありました。
一般の住宅もあって、普通に人も住んでいるんですね。知りませんでした。


このあたりに、珍しい庚申塔がありました。


群猿奉賽像庚申塔といって、塔身には合計三十六匹の猿がそれぞれに山王神を称え、祝う姿が刻まれているといわれています。
建立年代も作者も不明ですが、辺津宮の絵馬堂近くにあった山王神社に奉納されたものといわれ、江戸時代後期のものと推定されています。
総高143cm、塔身86cm、幅42cm。
塔身の基座に蛇が巻き付いているような文様がありますが、これは弁財天信仰にちなんだものだそうです。

群猿奉賽像庚申塔から奥津宮までは約200m。
まもなく奥津宮の鳥居が見えてきました。


奥津宮は御祭神に多紀理比売命を祀っています。
創建年代は不詳ですが、養和二年(1182)に源頼朝が奉納したという石鳥居があり、それを信ずるならば、それなりに古い年代の創建と思われます。
江島神社発祥の地とされる御窟から一番近い場所にあり、往昔は御旅所と称していましたが、のち御窟内にあった本宮を遷座してからは、ここを本宮と称するようになったといわれています。
かつての社殿は壮麗を極めていましたが、天保十二年(1841)に焼失。
翌十三年に現在の入母屋造の社殿が再建されました。
さらにのち、平成二十三年に社殿を修復し、今日に至ります。

奥津宮の天井には、享和三年(1803)に江戸の絵師、酒井抱一が描いたという「八方睨みの亀」というのがあります。


どこから見てもこちらを睨んでいるように見えるので、八方睨みの亀というそうですが、あいにく正面から撮ったものしかありません。
ちなみにこれはレプリカで、本物は損傷が激しいので、保護のため宝物殿に収蔵されているということでした。
本物の方は、藤沢市の指定文化財です。

奥津宮には狛犬が一対ありました。


顔は、はっきり言って気持ち悪い。
どこかで似たような顔の狛犬を見たことがあるなと思ったら、渋谷の金王八幡宮の御影堂にある狛犬でした。
金王八幡宮についてはまだ書いていないので、写真もまだ載せたことがありませんが、特徴的な顔の造作から、阿形・吽形とも同じ方の足を宝珠に乗せているという石工の妙な癖まで、じつによく似ています。
ここの狛犬のデータは取っていないのでわかりませんが、もしかしたら同じ石工の手によるものかもしれません。
金王八幡宮の狛犬は宝暦九年(1759)の建立なので、石工が同じだというわたしの推測が確かならば、これもほぼ同時期に造られたものだと思います。

追記(2013年10月15日)
奥津宮の狛犬は宝暦十一辛巳七月吉日建立、石工名は高井藤四郎とありました。

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