2013年3月21日木曜日

江島神社⑦江の島岩屋

稚児ヶ淵を過ぎて舗装されたデッキの上を100mほど行くと、江島神社発祥の地とされる岩屋に着きます。


岩屋は波が浸食してできた海蝕洞で、奥行き152mの第一岩屋と、奥行き56mの第二岩屋の二つで形成されています。
このうち江島神社発祥の地とされているのは第一岩屋の方で、欽明天皇十三年(552)に同所に御神体を安置したことが当社の創建であると伝えられているということは、由緒の項でも書いた通りであります。
古くから信仰の対象とされてきた場所で、役行者をはじめ弘法大師や日蓮ら多くの密教系・修験系の行者が修行をしたという伝説があります。
また、源頼朝も戦勝祈願のために同所を訪れたといわれ、北条時政は参籠して龍から三つの鱗を授かり、それを家紋にしたという伝説も残されています。
江戸時代中期頃から盛んになった「江の島詣で」の目的地の一つとして、往昔より行楽地・景勝地として広く親しまれてきましたが、昭和四十六年に岩屋内で起きた崩落事故により、一時閉鎖されていました。
その後、安全対策の強化と周辺設備の整備を行い、平成五年より公開が再開されています。

入洞料は大人500円、子ども200円。
開業時間は季節により異なり、3月1日~10月21日までは9:00~17:00、10月22日~2月28日は9:00~16:00となります。
年中無休ですが、荒天の場合などは施設の閉鎖、または開業時間の変更などの措置がとられる場合があるそうです。

わたしが行ったのは今年1月の初頭だったので、開業時間は16:00まででしたが、江の島に着くまでにいろいろ回ったため、時間的にはぎりぎりでした。
料金所で入洞料500円を払い、岩屋の中に入ります。

中はところどころ明かりが灯っていますが全体的に薄暗く、さらに奥に行くほど暗くなり、また天井も低くなっていきました。
入口から少し入ったところで、係の人に燭台を渡されますが、それと洞内に灯されたほのかな明かりだけで、少し心許ないような感じがします。
湿度も相当なもので、なんだか少し息が苦しくなるようでした。
わたしが面堂終太郎(『うる星やつら』の)だったら、「うわーん、くらいよーせまいよーこわいよー」と言っているところです。

中が暗かったので、あまり写真はありませんが、洞内には岩屋の歴史などを記したパネルや、蛇や仏像などの石造物が展示されていました。


奥に行くと道が二又に分かれています。
二又のうち左の方は行き止まりで、右の方が江島神社発祥の地といわれている場所になります。


そこには石製の燈籠や小さな祠が安置されていました。
実際に江島神社発祥の地とされる場所に立ってみると、なるほど参籠にはうってつけの風情で、いかにも修験系の行者が修行を行いそうなところです。
岩屋の奥は富士山の風穴に通じているという伝説もあるそうですが、もともとここは純粋な修験系の修行場で水神や弁財天信仰とは関係がなく、それらはあとから付け加えられたものだという気がしてきました。
あくまでわたし個人の所感ですが、おそらくこの場所では胎内巡りのような、擬似的な死と再生の体験が試みられていたのに違いない。
そして後世には、それが非日常を体験するアトラクション的なものとして享受されてきたのではないかと思います。
たぶん、行楽として江の島に来るという点では、江戸時代の人たちと現代のわたしたちとの間で、感覚的にそう違いはなかったのではないでしょうか。
昔の人の方が、今よりももうちょっと信心深かったかもしれませんが。

さて、時間がなかったので外に出て、今度は第二岩屋へ向かいました。


といって、第二岩屋はとくに何もありません。
龍の置き物か何かがあったぐらいだったと思います。
こっちはもろにテーマパークといった感じで、人が近づくと龍が光って音が鳴るような仕掛けがしてあったと記憶しています。
「ふーん」という感じになりました。

岩屋内の探索は以上となります。
帰りは来た時と同じデッキを通って帰りますが、天気のいい日はデッキのオープンスペースから富士山も見えるそうです。
この日は晴れていたけれども雲がかかっていて見えませんでした。

ひと通り島を巡って帰る頃、ちょうど日が沈んでいきました。

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