2013年3月25日月曜日

日光へ

姉は年末年始も忙しそうでしたが、正月三が日が過ぎた頃、仕事が一段落したようなので、いっしょに日光に行ってきました。

姉曰く、場所はどこでもいいとのことだったので、わたしが行き先を決めましたが、日光を選んだのは、ちょうど年末頃にイザベラ・バードの『日本紀行』を読んでいて、そこで日光が絶賛されていたからでした。
イザベラ・バードはイギリスの女性紀行作家で、明治十一年(1878)の六月から九月にかけて、ヨーロッパ人としてはじめて、東京から北海道までの内陸ルートを踏破した人であります。
『日本紀行』は、その旅の先々から妹に送った手紙により構成され、旅先で出会った人や風物、その土地の風習などを、時には観察者の目線で冷静に、時には好奇心に満ちた目で見ています。
ところどころ、キリスト教的な価値観を至上のもの考え、東洋人を卑下するような描写がありましたが、当時の西欧人は極東のアジア人に対し、だいたい同じような考えを持っていたのかもしれません。
前置きが長くなりましたが、そのように日本人を小馬鹿にする節のある婦人が絶賛した日光とはどんなところか、興味がわいてきたのでありました。

日光に至る路線はいくつかありますが、我々は浅草から東武スカイツリーライン・東部日光線直通、東武日光駅行きの快速電車に乗りました。
これだと乗り換えなしで日光まで行けるうえに、特急料金はかからないので運賃もお安く、しかも時間的にも特急を使うのとさほど変わりません。
時間は浅草から二時間ちょっとですが、まあこれは本を読むなり寝るなりすればあっという間です。函館~札幌間よりも早いぐらいです。


さてそういうわけで、東武日光駅に着きました。
この日は日光で輪王寺・東照宮・二荒山神社の二社一寺を見学して、時間的に余裕があったら華厳の滝・中禅寺湖などを見て、夜は宇都宮で餃子を食べるという計画になっていましたが、華厳の滝のあるところはやや遠いので、少しだけ急がなければいけませんでした。
駅に着いて早々、腹ごしらえもそこそこに、観光者向けの東武バスのチケットを駅で購入して、二社一寺見学に向かいました。
余談ですが、駅前の店の揚げゆばまんじゅうおいしかったです。

東武日光駅からは世界遺産めぐり(二社一寺見学)の循環バスが出ていて、駅で買ったチケットを使えば区間内は乗り放題となっています。
ちなみにチケット(世界遺産めぐり手形)は500円ですが、せいぜい2㎞程度の範囲にある区間を一往復するだけなので、チケットを使わず普通にバスに乗るのに比べて数十円安いぐらいだと思います。
チケットはあってもなくてもよく、時間さえあれば歩いても行ける感じです。

※世界遺産めぐり循環バスの乗り場
JR日光駅→東武日光駅→ホテル清晃苑前→勝道上人像前→表参道→西参道→大猷院二荒山神社前→神橋→東武日光駅→JR日光駅

駅前のバス停からルートバスに乗り、東武バスの案内所で係の人から説明を受けた通りに、勝道上人像前というバス停で下車しました。
東武バスの案内所の人曰く、ここから輪王寺→東照宮→二荒山神社の順に見ていくと合理的であるいう話であったのです。


勝道上人は下野国芳賀郡(現栃木県高岡市)の人で、二十歳の時に出家し、二十七歳の時に下野薬師寺の如宝僧都から戒をうけ、僧になりました。
のち天平神護元年(765)、二荒山を中心とした霊場の開発をめざし弟子と共に出発。その足掛かりとして翌二年に四本竜寺という草庵をつくりました。
この草庵がのちの輪王寺の前身であり、また、輪王寺・東照宮・二荒山神社を中心とした「山内」と、中禅寺を中心とした男体山山麓の「奥日光」を包括した関東の一大霊場、日光山のはじまりであったのであります。

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