2013年3月27日水曜日

日光山輪王寺三仏堂ほか

日光山輪王寺の本坊(本堂)は、先に触れた通り三仏堂といいます。
三仏堂は一説に円仁の創建ともいわれていますが確証はなく、ただ、平安時代に創建されたものだということのみ伝えられています。
創建当初は稲荷川(大谷川支流)河畔の滝尾神社(輪王寺の北西方に約1㎞)の近くにありましたが、仁治年間(1240~1242)に鎌倉幕府三代将軍実朝によって東照宮境内地に移されました。
さらにのち元和三年(1617)の東照宮創建の折に、現在の二荒山神社社務所付近に移され、明治四年(1871)の神仏分離に際して現在地に移転となりました。

現在の建物は正保二年(1645)に徳川家光によって建て替えられたもので、間口33.8m、奥行きは21.2mあります。
全国でも数少ない天台密教形式の建築物で、日光山内では最も大きな伽藍であり、さらに東日本でも最大の木造建築物だといわれています。
明治四年(1871)の移転の際、輪王寺は財政難に陥っていたため、本坊を解体して運んだだけでしたが、それを嘆いた明治天皇の思し召しによって再建することができたということです。
三仏堂は重要文化財で、平成十一年(1999)に「日光の社寺」として登録されたユネスコの世界遺産(文化遺産)の一部でもあります。
建物は昭和二十九~三十六年に大改修をしていますが、現在も大修理(平成十九~三十年度予定)の最中で、建物には囲いがされていました。
また内陣の配置も通常とは異なり、一部通行制限が行われている箇所もあります。

拝観料は二社一寺(輪王寺・東照宮・二荒山神社)すべてを回れる社寺共通拝観券というのがあり、これが1000円(高校生600円・小中学生400円)。
その他、三仏堂・大猷院のみ拝観できる輪王寺券や三仏堂のみの三仏堂単独拝観券、大猷院のみの大猷院単独拝観券、輪王寺宝物殿と逍遥園(日本庭園)のみ見学できる拝観券(社寺共通券には含まれず)があります。
ざっと観光するだけなら二社一寺の共通拝観券が便利ですが、見学できる範囲が限定されており、場所によっては別途追加料金が発生する場合もあるので注意が必要です。
詳しくは輪王寺のホームページ、日光観光協会のオフィシャルサイトなどをご参照ください。

本尊には日光三社権現の本地三仏(二荒山権現=千手観音、女峰権現=阿弥陀如来、慈眼太郎明神=馬頭観音)が祀られております。
御本尊は江戸期に製作されたといわれている像高各8.5mの大型木彫坐像で、これらは重要文化財にも指定されています。
なお、本坊内は撮影禁止となっているため、写真はありません。


三仏堂入口付近には国指定天然記念物の金剛桜というものがありました。


これは明治初年の神仏分離令によって現在地への移築した際、当時の門跡であった彦坂諶厚大僧正が三仏堂の新たな境内地にふさわしい景観を整えようと、隣接境内に生えている山桜の大木(当時の推定樹齢は400年)を移植したものだといわれています。
その後、この桜は大僧正の諡号「金剛心院大僧正諶厚大和尚」にちなみ、いつしか「金剛桜」と呼ばれるようになったということです。

三仏堂の裏手には大護摩堂と相輪橖があります。


大護摩堂(写真右)は平成十年(1998)に建立された祈願所で、内陣には御本尊の五大明王(平安中期作)を中心に、七福神や十二天など三十体の仏像が安置されているということです。
相輪橖は写真左手にある宝塔で、最澄が発願した比叡山西塔の相輪橖を模して寛永二十年(1643)に造られたものだといわれています。
現在地へは、神仏分離に伴う移転計画により明治八年(1875)に移築。
のち国の重要文化財にも指定されました。

こちらは光明院稲荷社と呼ばれるものです。


先の述べた通り、延応二年(1340)衰退した四本龍寺に代わり光明院が建立され日光山の本坊となりますが、この稲荷社はその守護神として勧請されたものだそうです。

以上が、三仏堂付近にある輪王寺の主な建造物となります。
輪王寺とは、日光山内から奥日光までの広大な寺域内に散在する堂宇や十五の支院の総称で、輪王寺という建物があるわけではありません。
ですから、わたしが見たのは輪王寺のほんの一部ということになります。
輪王寺が護持する徳川家光霊廟の大猷院については、改めて書きたいと思います。

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