2013年4月18日木曜日

華厳の滝・中禅寺湖

二社一寺の参拝を終えたあと、時間的になんとかなりそうだったので、我々は当初の予定通り、華厳の滝にも行くことにしました。
そこでいったん東武日光駅まで戻り、そこから中禅寺温泉(華厳の滝の最寄りのバス停)を経由する湯元温泉行の路線バスに乗り込みました。
運賃は片道1100円と少しお高めですが、中禅寺温泉フリーパスという乗車券(二日間有効)を使うと往復2000円で行くことができます。
なお、バスは一時間に1~2本出ていますが、湯元温泉行の最終バスは17:30には出てしまうので、日帰りの場合は注意が必要です。

東武日光駅から中禅寺温泉へは、片道約50分。
途中、カーブごとに「い・ろ・は・に・ほ・へ・と…」と、「いろは仮名」が順番に表記してある、かの有名な「いろは坂」を通ります。
なかなかのヘアピンカーブ具合ですが、ようするにそのような急カーブを設けないといけないぐらい険阻なところだということです。
日光山を開いた勝道上人の苦労がしのばれますね。

いろは坂には上り専用の「第一いろは坂」と下り専用の「第二いろは坂」があり、華厳の滝入口というバス停はあるものの、上りはそちらに停まりません。
先述の通り、上りの時の最寄りのバス停は中禅寺温泉であって、華厳の滝へはそこから少し歩かなければならないのであります。
が、そんなに遠いわけではなく、バス停から徒歩5分ぐらいで行けます。

まもなく、華厳の滝が見えてきました。


華厳の滝は、中禅寺湖東尻から流れる大尻川が約97mの落差で流れ落ちたもので、その流れは華厳渓谷を刻し、大谷川をつくります。
和歌山県の那智ノ滝、茨城県の袋田ノ滝とともに日本三名瀑の一つにも数えられ、関東第一の瀑布として古くから知られるところでしたが、かつては滝下は人の通えるところではなく、眺望する場所がなかったそうです。
そこへ明治三十三年(1900)、当地在住の星野五郎平という者が滝壺まで下る道を設け、滝壺近くに五郎平茶屋という茶店を開きました。
五郎平が道を開削するのにかかった年月は七年にも及ぶそうです。

その後、昭和五年(1930)に岩盤内にエレベーターが設置され、現在はそれを利用して簡単に滝壺近くまで行くことができるようになりました。
ちなみにエレベーターの利用料は、大人530円・小中学生320円です。
エレベーターの利用時間は季節により異なるので、注意してください。


このように、厳冬期の華厳の滝は凍ります。
寒さのあまり、長いこと見ていられませんでした。
つくづく、日光山を開いた勝道上人の苦労がしのばれます。

華厳の滝の近くからは、男体山がよく見えました。


男体山は標高2484.4mの円錐状成層火山。
日光火山群中の単独峰で、日光富士とも称される二荒山神社の神体山です。
古来、山岳信仰の対象となり、尊崇されてきたことは先に述べた通りですが、お岩木山の懐で育った青森の人なら、その気持ちはなんとなくわかると思います。
非常に美しい、しかし厳しそうなお山でありました。

この日は宇都宮に一泊する予定だったので、華厳の滝を出たあと再び日光駅に戻ることにしましたが、帰りのバスが来るまで少し時間があったので、我々は周囲を散策してみることにしました。


中禅寺温泉バス停から西へ少し行くと、中禅寺湖があります。


中禅寺湖は、男体山の火山活動によって形成された堰止湖で、湖東端より流れ出た水は華厳の滝・華厳渓谷を経て大谷川を形成します。
ここに限った話ではありませんが、日本の美しい自然や景色というものは、ほとんど火山の賜物なのだなあと思いました。箱根然り、富士山、十和田然り…。
で、そういうところにはたいてい神を祀る社があって、ついでに温泉もあります。
こうした温泉の発見者に修験者や行者が多いというのも、考えてみればなかなか興味深い話であります。

中禅寺湖湖畔には二荒山神社中宮祠の大きな赤鳥居が。


そして、この鳥居の左手には中禅寺へ至る参道があります。


中宮祠にも中禅寺にも行けませんでしたが、特に後悔はしていません。
が、もし次に行く機会があるならば、厳冬期は避け、できれば一~二泊してゆっくり日光山内を散策したいものだなと思いました。日光は広いので。

さて、中禅寺温泉から東武バスで再び日光駅に戻った我々は、そこからJR日光線を利用して宇都宮までやってきました。

この日は宇都宮餃子の有名店「みんみん」の餃子で乾杯です。
ここで、この日はじめてまともに食事らしい食事を摂りました。


焼き餃子、おいしゅうございました。
水餃子、おいしゅうございました。
揚げ餃子は普通でした。
しかし、みんなみんなおいしゅうございました。

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