2013年4月26日金曜日

宇都宮二荒山神社②社殿・狛犬

参道正面にある大鳥居を抜け、弘化三年(1846)の銘がある表参道の石段を登り詰めると、唐破風のついた神門が見えてきます。


そして、神門を抜けた先には拝殿と本殿からなる社殿があります。


本殿は神明造、拝殿は入母屋造で造られておりますが、かつては拝殿・本殿とも入母屋造であったといわれています。
なんでも、天正年間(1573~1592)頃までは二十年に一度社殿を造営し、それに際して能楽・大衆舞・田楽などが奉納されていたということです。
二十年ごとに造替するなど、今ではできそうにもありませんね。
戦国時代以降、宇都宮二荒山神社の社殿はたびたび戦火や失火によって焼失してきましたが、現在の社殿は戊辰戦争で焼失したのち、明治十年(1868)に仮社殿として建立されたものが、そのまま使われているとのこと。
そのせいか、あまり豪奢な感じはしません。

狛犬は社殿の前に一対ありました。
建立年は調べていませんが、広く普及している岡崎現代型の狛犬なので、そう古いものではないでしょう。


また神社の附属施設として、社殿西側に社務所がありますが、ここには宝物の展示施設が併設されており、国指定重要美術品の三十八間星兜や鉄製狛犬、県指定文化財の正次作太刀などが展示されているということです。
鉄製狛犬は建治三年(1277)のものだそうで、あらかじめ知っていたら見逃すこともなかったのですが、知らなかったので見逃しました。おじさん悔しい。
しかし、画像だけなら宇都宮二荒山神社の公式ホームページでも見ることができます。

さて、先の由緒の項でも記した通り、二荒山神社は創建当初は荒尾崎というところにありましたが、そこには現在、摂社の下之宮が祀られています。
遷宮したといっても、現在の社殿とは200mほどしか離れておらず、目と鼻の先といってもいいぐらいの距離です。


社殿は大きくはなく、宇都宮PARCOの横あたりにちんまりと鎮座しています。
しかしながら、ちょうどPARCOの横を通った時に、何か神社らしきものがあるなとは思いつつも、その時はまさかここが二荒山神社発祥の地とも思わなかったので、うっかりスルーしてしまいました。おじさんは悔しいです。

なんとか下之宮が写っていると思しき写真を探しだし、当該箇所を矢印で示してみましたが、おわかりいただけるでしょうか。


たぶんわからないでしょうね。
ごめんとしか言いようがありません。

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