2013年4月6日土曜日

日光東照宮⑥唐門・本社

陽明門の内、廻廊に囲まれたところには拝殿などがあります。
拝殿の前に建つ唐破風のついた建物は唐門といい、国宝。
江戸時代、東照宮は庶民の参拝は許されていましたが、陽明門より内へは士分の者しか入ることができませんでした。
そこからさらに、唐門をくぐって拝殿内に進むことができたのは大名でも四位以上の高位の者に限られ、さらに、本殿に進んで拝礼することができたのは将軍ただ一人であったといわれています。
現在は誰でも拝殿内に進んで拝観することができますが、唐門は今も一般の利用は禁じられており、中に入るには建物の横の昇段口から入らなければなりません。

拝殿内は撮影禁止だったので、写真はありません。
内部は畳敷きで、鏡や御幣があったでしょうか。ちょっとよく覚えていません。
写真は記録装置としてたいへん便利なものですが、それに頼って自分の目で見るのを怠っていると、こういうことがよくあります。
その奥には石の間という、拝殿と本殿をつなぐ広間のようなものがありました。
石の間といっても畳敷き。東照宮本社(拝殿・石の間・本殿)の建築様式を権現造といいますが、これは拝殿と本殿を石の間という建物でつなぐのが特徴で、もとは実際に石敷きあるのが一般的であったのだということです。
一般の参拝者が見学できるのはここまでで、本殿は見ることができません。
東照宮本社は、例祭をはじめ年中の祭典が斎行される東照宮で最も重要な場所で、国宝に指定されています。

なお、東照宮は寛永大造替により現在の壮麗な社殿へと生まれ変わりましたが、建築の細部の意匠や外装などを保持するために、約五十年という短いスパンでの絶え間ない修繕を余儀なくされています。
このような維持修理は、明治維新後に東照宮が幕府の手を離れたあとも継続して行われ、その成果が平成十一年の世界遺産登録という形で結実しました。
とりわけ「昭和の大修理事業」と呼ばれる工事は、昭和二十五年から六十一年に及ぶ一大事業であったといわれています。
が、「昭和の大修理事業」の初期に実施された主要建造物の修理から半世紀が経過し、外部装飾の劣化・木部腐朽の進行が看過し難い状況となったことから、新たに平成十九年度から本殿・石の間・拝殿・唐門などの重要な建造物の修繕工事が始まりました。
これは、平成二十七年に行われる徳川家康公四百年式年祭記念事業の一環として行われるもので、「平成の大修理」として平成十九年から三十六年までの長期計画で工事が行われる予定だということです。

余談ですが、東照宮の拝観料が少しお高いのも、こういうところにお金がかかるからなのだろうなと思いました。

0 件のコメント: