2013年5月20日月曜日

愛宕神社(愛宕公園内)

愛宕公園内にある小丘の上に、愛宕神社が鎮座しています。


御祭神は軻遇突智神、軻遇突智姫神。
創建は一説に享保三年(1718)。修験者によって愛宕信仰がもたらされ、火防の神、塞の神として信仰されてきたものではないかと考えられています。
が、その一方で、青森県神社庁のホームページには「文政二年 (一八一九) 野辺地代官三上堅治町内治安の為代官所内に祭祀し、 日夜守護神として崇敬していたが、 町有力者美濃屋吉兵衛其の他の者の懇望も有りて町方に其の神社を建造させて祭祀を行う」とあり、創建については詳らかではありません。

当社の初代神職は金剛院という修験で、これは野辺地町字野辺地にある神明宮の神職を代々司ってきた家柄でもありました。
往昔は神仏習合して拝祀されていましたが、明治の神仏分離令後に一時無格社として神明宮に合祀されたのち、終戦後に宗教法人として登録されました。
神仏分離令により神式に移行したはずの愛宕神社ですが、今も境内には八大龍王・不動明王・稲荷・金精(コンセイ様)など、雑多な神様が祀られています。


狛犬は一対ありましたが、年代はわかりません。


愛宕神社については以上で、あとは余談になります。
愛宕神社参道に敷かれている石畳には、かつて野辺地町本町の道路に敷かれていた花崗岩が用いられているそうです。


この石は、北前船によって大坂・兵庫などからもたらされたもので、交易品を野辺地から運び、積み荷を載せて当地に帰る際に、荷が軽かった場合などに船を安定させるバラスト(重石)のかわりに積載されたものだといわれています。
これらは道路に敷かれたのち、昭和十年の舗装工事に際して取り外されましたが、そのうちの一部が今もこうして愛宕公園の石段として残されています。

参道途中の丘の一部には、水が湧出しているところがあります。


この水は御膳水といって、かつて明治天皇の東北御巡幸の際に、陛下の御食事の調理用水として使われたものだといわれています。
御膳水はその後、水質の変化から飲用には適さないとの検査結果が出されたこともありましたが、野辺地町では平成七年から明治天皇ゆかりの御膳水復活にむけて水質の改善作業に当たり、安心して飲用できるように、現在は原水を消毒殺菌して供給しているそうです。現在はもちろん飲用可です。

明治天皇に関連して、愛宕公園内には花鳥号の銅像というのもあります。


この銅像は、明治天皇が野辺地に到着してまもなく死んだ、陛下の御料馬「花鳥号」を悼んで建立されたものだといいます。
花鳥号の遺骸は字寺ノ沢の常光寺に埋葬され、死後二年経った明治十一年には、天皇陛下の勅命により常光寺境内に花鳥号の石碑が建立されたそうです。

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