2013年5月22日水曜日

神明宮(野辺地町字野辺地)

神明宮の創建年代は詳らかではありませんが、昔、廻船問屋の豪商田中津右衛門という者が町の繁栄を祈願して、自宅敷地内に伊勢神宮内宮の御分霊(天照大神)を勧請し、祀ったのがはじまりだといわれています。
その後、田中家の一家断絶により社地を転々としたあと、元禄二年(1689)に旧野辺地城敷地内(のちの野辺地代官所)の現在地に遷座されました。
これにより、元禄二年を当神社の創建とする説もあるようです。

当社は天保年間(1830~1843)頃から修験である金剛院が別当として祭祀を執り行い、以来、この金剛院が世襲で代々社務を司ってきました。
その後、明治初年の神仏分離令に際し、金剛院は神社としての許可と社掌の任命を受け、還俗して鈴木姓を名乗りました。
この鈴木氏は、今も神明宮の宮司を務めています。

社殿は天保八年(1837)に建て替えられたのち、 明治二十三年五月の野辺地全町大火によって宝物、貴重品、工作物等ともろともに焼失。
その後、再建しますが、昭和五十年に失火により再び全焼しています。
現在の社殿は昭和五十二年に再建、平成十三年に修復されたものです。

なお、境内には代官所の人びとが祀ったと考えられる館平稲荷神社というものがあるらしいのですが、わたしが行った時には姿が見えませんでした。
現在、参道正面の鳥居は改修中ですが、改修中の鳥居の奥に見えるブルーシートが掛かったものがそれだったのかもしれません。

なお、狛犬はありませんでした。


どうでもいいんだけれども…


これはなんですか。


「いとう」て…。
こういうのはふつう、ファーストネームの方で書くものでしょう。
いや、その前に落書きしちゃいかんでしょう。

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