2013年6月10日月曜日

田んぼと岩木山

岩木山神社の資料がまだ読み終わらないので、美しい田んぼの写真をどうぞ。


これらの写真は一週間ほど前に撮りました。
今年は春先にヤマセが吹いてなかなか気温が上がらず、桜もずいぶん遅れましたが、今はだいぶ暖かくなって、まことによい季節になりました。
自転車に乗るのも、写真を撮りに行くのも楽しい季節です。
田植えは例年より少し遅れたようですが、暖かくなったので、あとは適当に雨が降ってくれれば大丈夫じゃないでしょうか。素人なのでわかりませんが。

これから書こうとしている岩木山神社も、いささか農業と関わりがあります。
というのは、岩木山神社の神体山は岩木山でありますが、山は農業に欠かせない水を育む場所であり、また、山の神は同時に田の神でもある(山の神が春に田んぼに降りてきて、秋に山に帰るという信仰は普遍的にみられる)からです。
あるいは、岩木山の雪形(残雪の模様)を見て田植えの時期の目安としたり、赤倉の鬼(大人)が灌漑の手助けをしてくれたという話を聞いたことがある人もいるかもしれませんが、こうした民間の信仰からも、岩木山が農耕に関わりの深い山だということがわかるのであります。

また、岩木山のようなコニーデ型の独立峰は、津軽では祖霊がおさまる山という信仰があり、人が死ねばお山(岩木山)に帰ると考えられたそうです。
岩木山におさまった祖霊は、春には農耕の時期を教えたり、水を与えてくれて、農耕の手助けをしてくれます。そうして村を守る鎮守になるのだそうです。

こうしてみてみると、岩木山の神は民間信仰レベルでは祖霊神・山の神・田の神などの性質を持っているようですが、しかしそれは岩木山の神の一面であって、のちにそこに宗教が加わってくると、もうちょっと複雑になってきます。
それについてはのちほど書きますが、うまくまとめられるか心配です。


さて、上は青森市野内の漁港付近から撮った岩木山の写真です。
遮るものさえなければ、岩木山は青森市からも容易に見ることができます。
先のコニーデ型の独立峰を、東北では「モヤ」「モリ」などと称するそうですが、津軽全土から見ることができる代表的なモリ山である岩木山は、全津軽人の祖霊のおさまる場所といっても過言ではなく、その信仰圏は岩木山を見ることができる範囲すべてにあまねく広がっています。
毎年、旧暦八月一日の御来光の前後三日間に行われる、お山参詣という岩木山への集団登拝行事がありますが、かつては青森市内の村でも岩木山登拝(「山かけ」などと称す)を行うところがあったということです。

お山参詣は、今は五穀豊穣や家内安全を祈願して行われているものですが、かつてはそのほかに祖霊に会いに行くという意味合いもあったようです。
精進潔斎してお山に上り、神体山と一体になり、そして御来光を拝む。
それは農耕に欠かせない太陽への感謝を捧げる行事であるともに、見る者の新生をも暗示しており、お山に登ることは祖霊に受け入れられ、社会の成員として迎えられるための通過儀礼でもありました。
しかし、村落共同体が崩壊しつつある現代では通過儀礼というものは意味をなさず、お山参詣からその意味合いは失われています。
かつては「フジヤマナシ」という富士(津軽富士、岩木山)に登ったことがない者をさす言葉があり、フジヤマナシは一人前でないという風潮があったそうですが、もはやそのようなこともありません。
ただ、わたしは自治体の成人式すらろくに出席しなかったので、個人的にはいつか岩木山に登ってみたいと思いました。
なにしろ齢三十を過ぎても、まだ半人前感が抜けないので。

さて長々と述べてまいりましたが、それでは岩木山神社の記事がまとまるまで、もう少々お待ちください。

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