2013年7月30日火曜日

盛美園①概要

田舎館村に田んぼアートを行ったついでに旧尾上町の方に足を延ばして、国の名勝に指定されている盛美園にも立ち寄ってきました。
盛美園のすぐ近くにある猿賀神社には前に行ったことがあり、その時ついでにここにも寄るつもりだったのですが、うっかり猿賀神社で時間を使いすぎてしまったうえ、冬で閉園時間が早まっていたので、中に入れなかったのでした。
だから、わたしにとっては積年の恨みではないけれども、二年越しぐらいに念願が果たされたという感じでありました。

盛美園はもともと冬期間(12月~3月)の営業はしていなかったと記憶してますが、同所がスタジオ・ジブリ作品『借りぐらしのアリエッティ』(2010年公開)の世界観のモデルになったとかいう話で、その関係か何かで冬期間も開園するようになったとかいう話を、なんとなく聞いたような気がします。
なんにしても、一年中見学できるようになったのはいいことです。

開園時間は4月10日~9月末日までは原則的に9:00~17:00まで。
10月~11月20日も9:00~17:00ですが、暗くなったら閉園するそうです。
そして冬期の11月21日~4月9日は10:00~15:00までとなっております。
入場料は大人400円・中高生250円・小学生150円でありました。
ちなみに冬期は入場料が半額になるそうです。


盛美園の受付はこちら。茅葺屋根の立派な建物でした。
文化財などではありませんが、江戸時代から伝わる古いものだそうです。
ここで入場料を払い、園内に入場します。


そもそも盛美園というのは、北条時頼の家臣の出で当地の大地主・豪商であった清藤(せいとう)家の二十四代当主、清藤盛美(せいとう もりよし)が明治三十五年(1902)に、武学流の作庭家小幡亭樹を招き、九年の歳月を費やして作らせたもので、早い話が清藤家私邸(別邸)の庭園なのであります。

清藤家の来歴については盛美園のホームページ(http://www.seibien.jp/)に詳しいので、そちらをご参照いただければと思いますが、それによると清藤家初代清藤次郎盛秀は鎌倉幕府の執権北条時頼に仕え、のちに故ありて津軽に移り住むこととなり、建治三年(1277)に当地で没しています。
以降、清藤家は農業・商業を生業とし、地元の有力者として栄え、今日に至るまでに子孫は二十七代を数えるまでになりました。


三千六百坪(1.2ヘクタール)に及ぶ武学流池泉枯山水廻遊式の庭園や、庭園を鑑賞するためにわざわざ建設されたという和洋折衷様式の邸宅。
こうしたものの見事さもさることながら、清藤家の権力や財力がいかに大きかったかということを今日に伝えるものがあります。
それが、盛美館に併設された、清藤家の位牌堂にあたる御宝殿という建物で、二十五代当主の清藤辯吉によって大正六年(1917)に建造されました。


あいにく、御宝殿内部は撮影禁止となっていましたが、先ほどのホームページにいけば御宝殿内部の写真を見ることができます。
十畳敷の御宝殿内部は全面が金箔で覆われ、堂の左右には人間国宝の河面冬山が施したという蒔絵の大作がはめ込まれています。
御宮殿は、徳川秀忠の霊廟を手本にした重層入母屋造り、唐破風付き廟建築の様式で、内陣には北条時頼の側室唐糸御前を祀り、本尊には鎌倉期の作といわれる彫刻金剛界大日如来が安置されています。
それはそれは豪華絢爛な霊廟で、これが本当にたかだか一地方の有力者に過ぎない家の位牌堂なのであろうか、というぐらいの出来でした。

終戦後の昭和二十八年(1953)に国の名勝に指定。
京都の無鄰庵(山縣有朋別邸)、清風荘(西園寺公望別邸)とともに「明治の三名園」のひとつにも数えられているそうです。

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