2013年8月20日火曜日

のへじ祇園まつり②

このあと、いよいよ各町内の山車の登場となります。
まずはじめに、馬門組の一行がやってきました。


山車の題名は「歌舞伎 娘道明寺」です。


野辺地町観光協会によるのへじ祇園まつりのホームページによると、これは「恋の妄執で蛇体となった清姫の霊を、大館左馬五郎照秀が撞木(鐘撞の棒)で花道から舞台へ押戻す場面」だそうです。
※以下、面倒くさいので、山車の説明は(http://www.noheji-kankou.gr.jp/topic-p.htm)をご覧ください。

つづいては、金沢町組の行列です。


山車の題名は「浦島太郎」であります。


つづいて下町組。


山車は「巌流島の決闘」です。


次は城内組の行列がやってきました。
現在、野辺地町公民館がある辺りは昔代官所があったところですが、それ以前には野辺地城(金鶏城)というお城があった場所だといわれています。
城内というのは、その野辺地城の城郭の内側をさす地域であります。


山車の題名は「弘法大師 空海」。
こちらは、今年の最優秀賞を受賞した山車であります。


つづいては、野辺地高組。
野辺地高校の学生さんらが運行する山車であります。


山車は「平清盛公、音戸の瀬戸、日招き伝説」です。


つづいては、下袋町組。


山車は「津軽信枚 四方守護四神」です。


つぎは袋町組。


行列には、たまにこういう、ねぶたの化け人みたいな仮装の人がいました。
背中にしょってるカトチャは原宿のタレントショップ(懐かしい)で買ったのかな。

山車は「屋島の戦い『扇の的』」、那須与一ですね。


次は駅前組です。


山車は「清明 蜈蚣蟲を討つ」。


そして、最後が新道組の行列になります。


山車は「阿修羅 降伏」です。


以上で、山車の紹介はおしまいです。

先日も書いた通り、のへじ祇園まつりは元々野辺地町内にある神社数社が各自で行っていた例大祭を合同の夏祭りとして行うようになったのがはじまりで、「祇園まつり」の名がついたのは昭和四十年頃のことといわれています。
祭りのベースになっているのは野辺地の総鎮守である八幡宮の例大祭で、その神輿渡御行列が今日の山車行列に引き継がれているものと思われます。
ヤマ(山車)は明治の初頭から出すようになったといわれ、はじめは二~三年おき、あるいは五年おきにヤマを出していたそうですが、戦後になって毎年出すようになり、またヤマを出す町会も増えていったそうです。

山車行列の運行の際に演奏されるお囃子は「祇園囃子」と呼ばれ、京都から伝えられたとされていますが、はっきりしたことはわかりません。
野辺地の祇園まつりのお囃子(自分で録音したもの)と京都祇園祭のお囃子(YouTubeにあったもの)をそれぞれ聞き比べてみた結果、個人的にはそんなに似ていないかなと思いました。
ただ、典雅な囃子の音は、たしかにどことなく京風ではありました。
お囃子は「祇園」、「渡り」、「剣」、「楽」、「夜神楽」の五種類あり、それぞれの演奏は町内に山車を曳いていく時、町内を練り歩く時、帰り、休憩、神社での演奏とで分かれているそうです。
伝承されていませんが、古くはこの五曲のほかに「祇園返し」、「つる」の二曲もあったといわれています。

合同運行は約二時間ほどで終わりました。


町内の巡行を終えた山車は、みちのく銀行野辺地支店から野辺地町役場付近までの道路に並べられ、このあと16:30頃まで展示されていたようです。

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