2013年10月3日木曜日

牛久大仏①牛久へ

ねぷた祭りの頃に行った弘前の巌鬼山神社や鬼神社などについて、書かないで放置したまま二か月ほど経ってしまいましたが、もう二か月も放置したらいつ書いてもいっしょなので、ついこの間関東に行った際に訪れた神社仏閣のことなど、もろもろやり終わってから書きたいと思います。
今日は茨城県牛久市の牛久大仏についてです。

ひと頃、みうらじゅん・いとうせいこう氏らの『見仏記』などによって、主にサブカル系の若い人たちの間で仏像を見に行くということがブームになりましたが、若い仏像ファンの中でもさらにニッチな「巨大仏ファン」という人たちがいます。
ニッチな趣味の世界であるので、世間的なブームになるほど巨大仏が流行ったわけではありませんが、一部の好事家たちに巨大仏の存在を強く印象付けたのは、2004年に出版された宮田珠己氏の『晴れた日は巨大仏を見に』(白水社)が出版されたあたりからであったと思います。
わたしは仏像にさほど興味があるわけではありませんが(ないわけでもない)、何年か前にたまたま図書館で新刊本として出ていた宮田氏の著作をなんの気なしに手に取り、そして牛久大仏の存在を知ったのでした。

しかし牛久大仏の存在を知りながら、そこを訪れるということはしませんでした。
というのは、その存在を今まですっかり忘れてしまっていたからなのですが、それではなぜ今になって牛久大仏を見にいったのかというと、それはどう考えても牛久行きの少し前に見たお台場の実物大ガンダムにインスパイアされたとしか考えられないのでありました。


ガンダムの大きさは高さ18m、重量60tです。
ロボットアニメに出てくるロボットの中ではさほど大きいとはいえない部類ですが、実物大のガンダムは堂々たる威容を備えていました。
わたしは直線的な連邦軍のモビルスーツよりも、曲線的なデザインのジオン軍の方が格好いいと思っていましたが、ガンダムも細身のシルエットのわりに機械的で無骨な感じがして素敵だなと思いました。


ビームサーベルが刺さったランドセルが素敵。
バーニアも素敵。うっとりします。


などと、大仏と関係がない話をしてしまいましたが、わたしは元来巨大建造物好きでありまして、その源流はおそらく幼少期に衛星放送などで見たロボットアニメや特撮ヒーローに遡ることができるのであります。
当然、仮面ライダーよりもウルトラマン派でした。
何がそうさせるのかわかりませんが、わたしの中には巨大なものに対する漠然とした憧れが、ずっと昔からあったのでありました。

今回、牛久大仏を訪れたことにあたり、わたしは青森に帰ってから、再び宮田氏の『晴れた日は巨大仏を見に』を読み直しました。
同書には日常の風景の中に突如として現れるもの、「“ぬっ”としたもの」に対する感覚について、いくつかの書物を引用しつつ説明してありましたが、要するに巨大仏などの「“ぬっ”としたもの」は日常の風景に何の脈絡もなく現れ、違和感や不安感を惹起し、それゆえに目が離せないものなのだそうです。

わたしには宮田氏のその感覚はなんとなくわかります。
たとえば、下はりんかい線東京テレポート駅から実物大ガンダムがあるダイバーシティへ向かう歩道の写真ですが、


ガンダムが見えてきた瞬間、「ひゃっ、出た」となりました。
この「ひゃっ、出た」の瞬間に、何とも言えない興奮を覚えるのであります。

前置きが長くなりましたが、そういうわけで、牛久大仏を見にいくことにしました。
牛久大仏へは、常磐線牛久駅で下車、そこから関東電鉄バスで牛久大仏かアケイディア牛久行きの路線バスに乗ります。
バスは土日祝日に牛久大仏行きの直通便が出ており、そちらが移動時間も短く、料金も少しお安くなっているので便利です(直通便の運賃:500円)。
わたしは直通便に乗って行きました。

大仏がある牛久というところは、相撲ファンの間では稀勢の里の出身地として知られていますが、映画好き、あるいは嶽本野ばらファンの間では『下妻物語』の舞台のひとつとなったことでも知られているようです。
わたしは映画も小説も見ずに、ただ純粋に巨大な大仏を見てみたいという理由だけで牛久に行きましたが、映画好きの姉には『下妻物語』も見ずに牛久大仏に行く意味がわからないと言われ、信じられないというような顔をされました。
そうなの? そんなにおもしろかったの? と思ったので、わたしは帰ってから図書館で本を借りて(タダだから)読んでみました。

『下妻物語』は、なるほどたしかに面白かったです。ちょっとマンガみたいで。
牛久大仏も、物語終盤のいいところで出てきました。

『下妻物語』は牛久大仏がある茨城県牛久市から、北西に約25㎞離れたところにある下妻市が主な舞台となっています。
物語冒頭で、主人公の一人である桃子(兵庫県尼崎市から下妻市に引っ越してきた)が下妻の町について述べている場面がありますが、それにはこう書かれていました。
行けども行けども、田んぼ、田んぼ。何処もかしこも、田んぼ、田んぼ。四方八方、田んぼ、田んぼ。隅から隅まで、田んぼ、田んぼ。嗚呼、本当に、ノイローゼになるくらい、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ。田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ……。上から下まで、田んぼ、田んぼ。古今東西、田んぼ、田んぼ。森羅万象、田んぼ、田んぼ。畑もあるけど、基本は田んぼ。ひと呼吸おいて、くどいようですがまだ書き足りない、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、何時かはタンゴになるかしらと淡い望みを託しても、田んぼがタンゴになってカエルの鳴き声がバンドネオンの調べに変わることなど有りはしない。とにかくもう、無限に無意味に無意識に無軌道に無差別に、田んぼばかりなのです。
牛久駅前からバスに乗って十数分。
車外の風景ははじめ地方都市の駅前のそれでしたが、徐々に古い民家があるような郊外の景色に変わってゆき、やがて上に引用したような、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ、少し畑があって、また、田んぼ、田んぼ、田んぼ、田んぼ……、というふうな景色になっていきました。
これでは青森市郊外にある、わたしの実家周辺とたいして変わりありません。
ただ、民家の屋根が瓦葺で、北国には少ない竹林があちこちに見られたのが珍しく、たしかにここは青森ではないのだな、などと思ったりしました。

大仏がいつ現れてもいいように、窓外に気を配りつつバスに乗っておりましたが、周りは田んぼばかりのはずなのに、牛久大仏はなかなか姿を現しません。
牛久浄苑が近づき、まだかまだかと思っていると、それは突然現れました。
「でけえ……、で、でけえぇぇ」と思いポカンとしてたら、あいにくカメラを取り出し損ね、“ぬっ”と現れた瞬間を撮りのがしてしまいました。
つくづく残念だなあと思いました。

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