2013年10月16日水曜日

佐助稲荷神社①由緒

今日は、光明寺の項で少し触れた佐助稲荷神社について書きたいと思います。

佐助稲荷神社の鎮座地は鎌倉市佐助二丁目22-12。
鎌倉駅西口からまっすぐ西へ進み、鎌倉市佐助一丁目交差点を右折。宇賀福神社(通称銭洗弁天)へ至る道の途中に分岐があるので、そこを左に曲がってしばらく行くと、佐助稲荷神社に着きます。


当社の御祭神は宇迦御魂命、大己貴命、佐田彦命、大宮女命、事代主命。
例祭日は二月初午となっています。

佐助稲荷神社の創建については、このような伝説が残されていました。
源頼朝が伊豆蛭が小島に配流されていた頃、病に伏していた頼朝の枕元に三日三晩「隠れ里の稲荷」を名乗る翁が立ち、「義兵を挙げ、民を安んずべし」と告げ、平家討伐の挙兵をうながしました。
その神託に従い挙兵して、幕府を開いた頼朝は、のちに隠れ里の稲荷の祠を探しあて、建久年間(1190~1199)畠山重忠に命じて社殿を再建させました。
社名の由来は、幼少の頃「右兵衛佐」の官位につき、近臣たちから「佐殿(すけどの)」といわれていた頼朝を助けたことから、それにちなみ「佐助」の名が付けられたといわれています。

当社の鎮座地は、古くは「左介ヶ谷」と呼ばれた谷地でありました。
この谷の名前の由来は、上総介・三浦介・常陸介という三介屋敷(「介」は国司の役職名)があったからとも、佐助稲荷神社があったからともいわれていますが、本当のところはよくわかっていないそうです。

参道の入り口の左手付近には、佐助稲荷神社の下社がありました。


この下社の脇に、縁結びの十一面観音というものが祀られているそうです。
案内板によると、この十一面観音は「良縁にうすく、諦めて仏門に入られた美しい姫君、赤松幸運がこの世の男女に良縁あらんことをと祈りつつ彫られた」もので、のち縁あって足柄郡の尼寺から当地に寄進されたものだということです。

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