2013年10月23日水曜日

長谷寺②境内

ここで、ちょっと境内のご案内をいたしましょう。
観音堂の右手には、阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂があります。


こちらの御本尊の阿弥陀如来坐像は、源頼朝が四十二歳の厄除けに建立したものだといわれ、当寺ではその由来にちなみ厄除阿弥陀と称されています。
阿弥陀如来像がいつ頃長谷寺に移されたかは不明ですが、もとは鎌倉市内の誓願寺というお寺(現廃寺)にあったものだといわれています。

阿弥陀堂の右手に鐘楼があり、その脇にはひっそりと小さなお社が佇んでいました。


このお社はかきがら稲荷大明神というそうです。
案内板によると、「長谷観音が有縁の地で人々を救いたまえと海に流された時尊像に付着した『かきがら』がこの地に導いたと言われ観音さまのお導きがあるようにとお祀りしている」とのことでした。

本堂の左手にあるこちらの建物は大黒堂です。


大黒堂の本尊大黒天像には応永十九年(1412)の銘文があり、神奈川県内で最古の大黒天像ともいわれているそうです。
現在は保存のため同寺の宝物館にて収蔵・公開中(拝観料大人200円)。
もとの御本尊にかわり現在は「出世開運授け大黒天」を安置しており、こちらは「鎌倉・江ノ島七福神」のひとつにも数えられています。

大黒堂のさらに奥の方にあるのが経蔵です。


経蔵内部には仏教の経典(一切経)が収められた回転式の書架(輪蔵)があり、それを回すと一切経を読んだのと同じ功徳が得られるといわれております。
こちらの輪蔵は保存・保護のため、観音様の縁日にあたる毎月十八日以外は回転禁止となっておりました。

順路に従って下境内に下りていくと、入場口とは反対側の奥に弘法大師作といわれる八臂弁財天を祀っていた(現在は宝物館に収蔵)弁天堂があります。


そのさらに奥に、こちらもまた弘法大師が参籠したという岩屋があります。


こちらの岩屋は弁天窟と呼ばれており、壁面に岩盤を穿って彫られた弁財天像や、弁財天の眷属である十六童子像がありました。
暗くて写真は撮れませんでしたが、たいへん厳かな雰囲気でした。

境内の諸堂宇については以上です。
最後に、長谷寺の名物(?)の和み地蔵をご紹介しましょう。


こちらのお地蔵さまは、宮城県にある石神彫刻工房(http://www.isinko.com/)というところで作られた「石んこ地蔵」と呼ばれる石地蔵だそうです。
俚諺に「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」などと申しますが、なるほど人にものを借りる時はこういう顔をすればいいわけですね。
いざという時のために練習しておきましょう。

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