2014年2月4日火曜日

巌鬼山神社①十腰内という地名

昨日は節分でありまして、鬼にまつわる神社のことなどを書こうと思ったので、ずっと書けていなかった岩木山麓の神社について書いていきたいと思います。
今日は弘前市十腰内字猿ケ沢にある巌鬼山神社についてです。
この神社に行ったのは、昨年の八月のことになるでしょうか。いつか行こうと思っていた神社の一つだったので、ねぷたまつりの頃に祭り見学を口実に弘前に行き、岩木山麓にあるほかの神社数社とともに見学したのでありました。
少し時間が経ってしまったので、記憶があいまいになってしまったところもありますが、とりあえず、この日がとても暑い日だったことはよく覚えています。

巌鬼山神社へは、弘前駅前より弘南バス鰺ヶ沢線(天長園経由)乗車。駅から一時間ほどの観音林というバス停が最寄りのバス停となっています。
前に岩木山神社の項でも書いた通り、巌鬼山神社は岩木山三所大権現の下居宮として創建され、本尊として観世音菩薩を祀っていたといわれています。
観音林というバス停は、そのことに由来するものでありましょう。


ちなみに運賃は忘れましたが、たしか1000円ちょっとでありました。

バス停からは、道なりに少し歩いて、


この看板が見えてきたところで道を左に入り、


そこからさらに1㎞ほど歩きます。
余談ですが、この時は夏だったので蝉の声がすごかったです。
蚊や蜂などにもずいぶん絡まれたものでした。


バス停から、時間にして10~15分というところでしょうか。
障害者の自立支援を行う社会福祉法人の施設があり、その奥の方に巌鬼山神社の赤い鳥居と鎮守の森が見えてまいりました。


巌鬼山神社の鎮座地は十腰内字猿ケ沢78番地17号です。
十腰内という地名は、昔、鬼神太夫という剛力の刀鍛冶が十振の刀を打出し、この十振の刀を以て「名剣なり」と自慢していたが、そのうちの一振がなぜか飛んでいって杉の木に突き刺さり、十腰のうち一腰がなくなってしまったところから「十腰無い村」、すなわち十腰内村としたなどという伝説があります。
また、別の伝説によると、刀鍛冶の娘を娶りたいと思った男が結婚の条件として一晩で十腰の刀を鍛錬することを約束したが、実はこの男の正体は龍(または鬼)で、これを嫌った娘が刀を一振隠し、男が「(十腰作ったはずなのに)十腰無い、十腰無い」と言ったから、十腰内というようになったともいわれています。


しかし、慶長九年(1604)に巌鬼山神社に奉納された鰐口の銘文などによると、十腰内はかつて遠寺内(とおしない)と呼ばれていたらしく、語感からして、もとはアイヌ語に由来する地名であったことが推測されます。
それが後代になって、アイヌ語地名をむりやり日本語的に解釈しようとした結果、岩木山信仰や岩木山周辺の製鉄にまつわる地名、伝説などを取り込んで、こうした十腰内の地名由来譚が生じたものでありましょう。
この十腰内という地名は、巌鬼山神社の創建には直接的には関わりがありませんが、鬼や刀剣などといったワードを通じて、岩木山を中心とした信仰(岩木山信仰)とゆるやかに繋がっているのでした。

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