2014年5月1日木曜日

吉野梅郷梅まつり

前回の投稿からかなり間が空いてしまいましたが、前回までの話とは関係なしに、花見をしてきたのでその写真を載せていきます。
前回の続きの鬼神社の話はそのあとすぐやります。

さて、姉が結婚することになりましたので、親族の顔合わせやら引っ越しの手伝いやら何やらで、三月に二度ほど東京に行ってまいりましたが、ちょうど引っ越しの手伝いにしていた三月の末頃、東京都郊外の青梅市で梅の花が見頃を迎えていたので、ちょっと見に行ってきました。
青梅市にはいつか行ってみたいと前から思っていたのですが、その頃、ニュースでたびたび吉野梅郷の梅の花が今年でしばらく見納めになるというようなことを言っていたので、東京の宿であった姉の家もなくなることだし、これはいよいよ青梅に行かなければならないなと思ったのでありました。

吉野梅郷というのは、約1200本の梅が植わっている「梅の公園」を中心にしたJR青梅線日向和田駅から二俣尾駅の約4㎞に間に広がる地域のこと。
都心部からはJR線を乗り継いで(※)JR青梅線日向和田で下車。そこから梅の公園や周辺の観光施設などを見ながら二俣尾までの約4㎞を歩いていくというのが、吉野梅郷を観光する際のモデルコースになっているようでした。
が、わたしはこの時ついでに、吉野梅郷よりもちょっと奥の方にある武蔵御嶽神社というところにも行きたくて、そこに寄ってから吉野梅郷に行ったので、武蔵御嶽神社により近い方の二俣尾駅で先に降りることにしたのです。ようするに、モデルコースとは逆方向から歩いていくことにしたのでありました。
※ 土日祝日は、新宿から奥多摩まで直通(乗り換えなし)のホリデー快速というのが出ており、これがたいへん便利です。わたくしも利用しました。

というわけで、JR青梅線二俣尾駅に到着しました。


駅などで配布している吉野梅郷のパンフレットを見つつ、推奨のモデルコースとは逆ルートで歩いていくと、まもなく大きな橋に行き当たりました。


この橋は奥多摩橋といって、下を流れているのは一級河川の多摩川です。
多摩川はそれはきれいな川で、わたしはなんとなく赤石川流域の風景を思い出しました。


青梅市は、東京都内にあるとはいっても、広大な秩父多摩甲斐国立公園の一部に属する山岳地帯の僻村で、それはもうそこそこの田舎です。
なにしろ都内にあってクマの目撃情報があるレベルなのですから、田舎者のわたしから見てもなかなかのところだなと思いました。


さて、そうこうしているうちに「梅の公園」が近づいてきました。※
梅の公園に入る前に、公園全体を見渡せるビューポイントが近くの天沢院というお寺の境内にあるらしいので、まずはそこに立ち寄ることに。
※ ここに至るまでに何ヵ所か神社仏閣に立ち寄りましたが、それらの社寺の由緒等については日を改めて書きたいと思います。


天沢院の由緒等は不明ですが、曹洞宗で山号は梅林山と号すそうです。
堂宇は梅の公園の向かい側の小丘上にあり、本堂の脇にある階段を上がり、さらに丘の高いところに上ると、くだんのビューポイントに到着します。


なるほど、梅の公園がよく見えました。


ただ、この場所から撮ると、どうしても向かい側の山の中腹にある墓地が写り込んでしまい、絵的にはあんまりうまくないのでした。

天沢院を出て、いよいよ梅の公園に入ってみることにしました。


梅の公園は、吉野梅郷梅まつりの期間中だけ入場が有料となります。
入場料は大人200円、小学生以下は無料となっておりました。
この入場料は、梅の保護育成や園内の整備などに利用されるそうです。


市の名前にもなっているこの「青梅」という地名ですが、これは青梅市内の金剛寺というお寺の境内にある平将門手植えと伝わる梅の木の実が、収穫時期がきても熟せず青いままであることから付けられたといわれています。
こうした地名由来譚からもなんとなく知れるように、当地には古くから梅の木が多くあったようで、江戸時代には、現在の梅郷付近にあった村から毎年100駄(1駄=約120㎏)の梅の実を江戸へ出荷し、また明治初年頃には7200貫(1貫=3.75㎏)の実を産したという記録も残されているそうです。
しかしながら、この梅の公園自体の歴史はさほど古くはなく、昭和四十七年に青梅市が80品種、約1200株の梅の木を植えて整備したものだとのこと。
おそらくは、地名にもある梅にちなんだ公園をわが町に、という思いから造園したものであろうと思われます。

はじめの方で言った「今年で見納め」という意味は、すでに報道等でご存知の方も多いと思いますが、園内の梅がプラムポックスウィルス(ウメ輪紋ウィルス)というウィルスに感染してしまい、感染木だけではなく、その周辺の木を含んだ園内の梅すべてを伐らなければならない事態が出来したからです。
このウィルスへの感染は2009年にはじめて発見され、防除のため、これまでにもすでに何本か伐採されたことがあるようでした。


このあと4月4日より伐採がはじまり、園内のすべての梅が切り倒される予定だということですが、5月1日現在、どんな様子であるのかよくわかりません。
青梅市では今後、梅の再生をめざし活動していくということですが、再び梅を植えるためには伐採から三年間、新しい感染が確認されないことが条件で、元の姿を取り戻すのにざっと20~30年はかかるだろうという話でした。
市では梅の再生までの期間、公園内に福寿草や水仙などの花を植えるなどして、変わらず市民に愛される公園にしていきたいということでした。


再生までに何年かかるでしょうか。
また花でいっぱいの光景を見られる時が、一日でも早く訪れますように。

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