2014年5月5日月曜日

弘前東照宮の本殿

さらに、弘前に行ったついでに弘前東照宮の本殿も見てきました。
宗教法人弘前東照宮の破たん以来、国の重要文化財に指定されている東照宮本殿をめぐるあれこれについては、これまでにも何度か書いてきました。
詳しい経緯については過去の記事を参照していただくとして、簡単にことの成り行きを説明すると、つまりはこういうことでありました。

まず最初、バブル期の頃に弘前東照宮が事業を拡大しようとして土地・建物を担保に借金をしたんだけど、返済できなくて人手に渡っちゃったわけ。
新しく土地・建物の所有者となった東京の不動産会社は、これらを売却しようとしたんだけれども、担保の土地・建物の中には国重文の東照宮本殿は含まれておらず、これには勝手に手を付けられないから、土地を売ることも建物を壊すこともできないまま、ずっと放置されて境内は荒廃していったわけ。
その後、東照宮が破たんして、本殿をどうするかということになり、土地の所有者と弘前市の間で少しいざこざがあったんだけれど、けっきょく市が破産管財人から本殿の無償譲渡を受けることになって、本殿の周りの土地を土地所有者の不動産屋から少しだけ購入するということで決着がついたの。
はじめは本殿の移築も考えられていたんだけれども、それだと経費もかかるし、歴史的にも現在地で保存するのがよかろうということでそうなったのよ。
ちなみに、東照宮が破たんしたのは平成二十四年(2012)四月でしたよ。
その後、弘前市では平成二十六年度の東照宮本殿の公開をめざして、本殿の修理と、文化財保護法に基づく防火設備の整備などを行ったんだよ。
平成二十六年度というと、そう、今年度のことだよね。

というわけで、以前から追っていた弘前東照宮の本殿が、修理を終えてようやく公開されるということだったので、見にいってきたのでありました。
ちなみに、修理前の東照宮本殿はこんな具合でしたよ。


はじめて行った時はまだ拝殿や社務所などの建物ありましたが、荒廃がひどく、廃墟同然であったことなどが思い出されます。
拝殿などに比べると、本殿は比較的ましな状態であったように感じましたが、玉垣は破れ、草が伸び放題に生い茂っている状態でした。

あれからしばらく経ちまして、これが現在の弘前東照宮本殿の様子です。
※ちなみに、本殿以外の建物は平成二十四年(2012)末までには解体され、その後はずっと現在のような更地の状態が続いていました。


屋根は杮で新たに葺き替えられ、屋根の装飾的な彫刻の部分も新しく作り直され、朱塗りの欄干(?)の塗りもきれいになっているように思いました。
玉垣の破れ目も補修されており、もう昔のように潜り込んだりできません。
葺き替えられたばかりの屋根の新しさが目につき、壁と屋根の色味が調和していないように見えるので、少し不自然な感じを受けますが、時間の経過とともに徐々になじんでくることでしょう。

こうして、無事に公開された東照宮本殿でありますが、弘前市が本殿を無償譲渡された際、御神体として安置されていた家康公の神像はひそかに取り除かれ、現在は別の場所に安置されているといわれています。
というのは、政教分離の原則から弘前市が御神体を受け取らなかったから。
そこで今度は、この御神体を弘前藩とゆかりの深い黒石の黒石神社へ移し、境内に新たに社殿を造営してこれを奉祀。さらに、徳川家康の養女で弘前藩二代信枚の妻にあたる満天姫(まてひめ)を新たに神格化して、家康公の御神体とともに併せ祀る予定であるということです。

御神体を移すのは、来年、平成二十七年(2015)の六月頃を予定してます。
来年は黒石藩の知行分知三百六十年目の節目にあたり、弘前東照宮の御神体の奉遷は、その記念事業としての意味合いもあるということでした。
二年前から追っていた弘前東照宮はようやく決着がついたけれども、また来年、黒石神社にも行ってみないといけないなと思ったのでありました。

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